05 キュウコン伝説

Mission05 キュウコン伝説


 ある夜。といっても、すでに空が明るくなりかけていた、そんな頃。
レイは、不思議な夢を見ていた。
――なんだろう、向こうにシルエットがみえる……。
その影は、レイに話しかけてきた。
「……わたしは……わたしはサーナイト……」
サーナイトは、なおもレイに話しかける。
しかしレイには、それ以上は聞こえなかった。
すぐに、目が覚めた。

 太陽が高く昇る、晴天の日。
新たにイオンを仲間に加えたウィンズは、
FLBのフレッドが語る助言に従い、大いなる峡谷にやってきた。
「ここの頂上が、精霊の丘らしいな」
そう言いながら歩くグレア。彼は先頭が定位置になっていた。
「ネイティオに会えば、何かわかるはず。何か……何か、手がかりがほしい……」
レイは最後尾にいた。いつの間にか定着していたのだ。
「そういえばさ、レイの小屋にイオンも住むことになったわけだけど、狭くなかった?」
レイの前にいるルナが問いかける。
「ああ、ちょっと狭かった。それで、いずれあの小屋を改築しようと考えてみた」
改築。やろうとすれば大事業になる。しかし。
「それ名案!改築したら私も移り住もうかしら?」
「悪くないな」
ルナとグレアも乗り気だ。
「じゃ、気合い入れて設計図作ろうか」
レイの言葉に、イオンはただ頷いた。
基本的に無口らしい。
また、レイは夢のことは話していない。
やはり、どう話せばいいのかわからないのだ。

 大いなる峡谷を進む間にも、一行は数多くの野生ポケモンと出くわした。
その多くが、侵入者の登場に気が立ち、ウィンズに襲いかかる。
一行は消耗を最低限に留める方針を取り、必要なら戦いを挑みながら進んでいく。
イオンは遠距離戦の名手だった。
ハガネ山でエアームドを墜落させたマグネットボムの他、
でんきタイプならではの技でんきショックと、衝撃波を飛ばすソニックブームを使用する。
それらの技で、戦うべき相手が接近する前にダメージを与えていく。
「よし、決まったか」
ゴマゾウにとどめを刺し、グレアが言った。
「ふう……」
その隣で、レイが荒く息をついていた。
「少しは戦い慣れたつもりだけど、まだまだかな」
「お前に足りないのは体力だな。ま、これからも鍛えればどうにかなるだろ」
「ルナとイオンに感謝しなきゃな」
「えへっ、どういたしまして」
レイの言葉に、ルナは少しだけ照れていた。
「レイハ力技ダケニコダワル必要モ無ノデハナイカ?」
無口なイオンが口をはさむ。見るところは見ているのだ。
「しかし、俺だけじゃ敵が多い時に対処しきれないんだな。もう1匹、前衛が欲しいぜ」
グレアが、手に持った骨を回転させながら言った。
「確かに、もう1匹増えればちょうどいいかもね」
その言葉にレイが反応した。
「仲間、かあ……。私としては、女の子が増えてくれればうれしいかな」
ルナが言葉を返す。
「まあ、そのうち考えてみるか」
そう言って、レイは再び歩き出した。

精霊の丘は、切り立った崖の上だった。
すでに日は沈み、空は群青色に染まっている。
「やっと……か……」
レイが、疲れた表情を浮かべて言った。
「あそこにポケモンがいるわ」
「きっとネイティオだ。おいレイ、疲れてる場合じゃねえぞ」
ルナとグレアが、崖の上に立つポケモンに近づく。
レイとイオンも続く。
そのポケモンは、まっすぐ前を見つめたまま微動だにしない。
――なんでポケモン4匹が接近しているのに、動かないんだろう……
そう思いながらも、レイは意を決して話しかける。
「もしもし、あなたがネイティオさんですか?」
「…………」
返事はない。
「もしもーし?」
今度はルナが話しかける。だが。
「…………」
やはり返事はない。
「おい、寝てるのか?」
グレアがいつもの荒い口調でそう言うと、ポケモンを前から少しだけ押した。
しかし、そのポケモンから力の抵抗を感じない。
「……なにっ!?」
なんと、そのポケモンは抵抗せずに地面に倒れてしまった。
まるで石像のように。
「もしもーーーし!?」
レイが大声を出す。しかし。
「………………」
一向に返事を返さない。
「モシカシテ……」
イオンがポケモンに近づく。すると、
「……ぐうぐう……」
注意してなければ聞こえないくらいの大きさで、いびきをかいているではないか。
「……寝テル」
イオンの言葉に、他のメンバーは吹き出しそうになった。
「立ったまま寝てるのかよ。器用というかなんというか」
「しょうがないわよ、もう夜なんだし」
「これじゃどうにもならないな。今日はここで休んで、明日また話しかけよう」
レイがこの場をまとめる。

 その夜、レイは眠れなかった。
あまりに寝付けないので、辺りを散歩してみることにした。
すでに、月は高く昇っている。
程なくして、レイはグレアを見つける。
見張り番を買って出たのが彼だった。
「レイか。眠れないのか?」
先に話しかけられる。
「うん……」
「どうした、話してみろよ」
グレアにすすめられ、レイは隣に座る。
「明日になってネイティオと話せば、僕がどうして人間になったのかわかるかもしれない。
 けど……いざそうなってみると、落ち着かないんだ」
嘘偽りなく言った。
「けど逃げるつもりもないんだろ?」
レイは、静かに頷いた。
それから少しだけ、沈黙が流れた。
「逃げないのなら、選択肢はただ1つ、向き合うだけだ」
わかりきった答え。
「俺はお前じゃないから、お前の気持ちは完全にはわからねえ。
 だが、真実から目をそらしてはいけない。それだけは、はっきりとわかる」
グレアの言葉に反し、レイはまだ浮かない顔をしている。
「ところでよ……」
気づいたグレアが、話題を変えてみる。
「お前、ルナのことどう思ってんだ?」
単刀直入そのもの。
「ど、どうって……!?」
レイは戸惑いを隠せない。
「見ててわかるんだよ。ルナはお前を頼りにしてるってな」
「え……?」
にわかには信じられない言葉だった。
「初めて会った時のこと、覚えてるか?
 ルナは俺のことを友達と言っていたが、別にそんなものじゃなかった。
 ただ知ってるだけ……というほど弱い関係でもなかったが。その中間くらいだな」
グレアの話を、レイは黙って聞いていた。
「お前と出会う前のルナは、何かをやりたいと思っていたが、結局何もできない……そんな臆病なヤツだった。
 そんな臆病なあいつが、今はお前や俺、イオンと一緒に探検隊をやっている。
 しかも、お前にリーダーを任せてだ。
 なぜお前なのか、そればかりはルナじゃなければわからないだろうが……
 おそらく、お前に何か感じたんじゃないか。俺から見るとそんな感じだ」
グレアは、そこで一度言葉を切った。そして、レイの顔をまっすぐ見て言う。
「で、俺はこうも思う。いつか、本当の意味でお前の出番が来る。
 その時は、レイ……お前がルナを支えてやれ」
レイは、ただ黙っていた。
「ふあ~あ……眠いぜ。レイ、見張り番代わってもらっていいか?」
「ああ、いいけど……」
「ありがとな。じゃ、おやすみ」
そう言って、グレアは先ほどレイが来た道を歩いていった。

――本当の意味での、僕の出番……その時は、僕がルナを支える、か。
グレアの言葉が、頭の中をずっと回り続けている。
レイは空を見上げた。
群青の空に丸い月、そして満天の星が輝いていた。

 翌朝、精霊の丘。
そこには1匹のポケモンが転がっていた。
昨夜となんら変わっていない、この光景。
「もしもし、ネイティオさんですかー?」
レイが話しかける。
「……はっ……」
小さな声だが、確かに聞こえた。今起きたのだ。
そのポケモンは、音も立てずに起き上がる。
「あ、あのー……」
ルナが話しかけようとした。その時、いきなり羽を広げた!
「クワーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「うわっ!?」
突然大声を上げたものだから、一行はびっくりした。イオン以外は。
「いかにも。私はネイティオ。名はアークという。
私が一晩中横になっていたのは、お前たちのせいか。」
見抜かれている。寝ていたはずなのに。
「まあ、それはいいだろう。して……」
アークは、レイを正面から見据える。
「お前は……人間だな?」
静かに、そう言った。
「ええっ!?な、なんでわかるの!?」
レイが反応する間もなく、ルナが驚きながら聞き返した。
「私は1日中太陽を見つめることで、あらゆるものが見えるのだ。過去も未来もな」
そう語るアークは、いつの間にか太陽を見ている。
「最近よく起きている自然災害……それは世界のバランスが崩れたため起こっているのだ。
 そして、レイよ……それはお前がポケモンになったことと、何らかの関係がある」
「な、何らかの関係って……どういう関係なんだ!?」
レイが、間髪入れず言った。
「それは、私の知るところではない……」
そこで、話が途切れた。

だが、アークの話はこれで終わりではなかった。
「ところで、お前達。キュウコン伝説というものを知っておるか?」
今度はアークからの問いだ。
「……知ッテイル」
そう答えたのは、イオンだった。
「キュウコンノ尻尾ヲ触ッタ者ハ、祟リヲカケラレル……」
「ほう、知っているのか」
「イヤ、ボクモソレ以上ハ知ラナイ」
人間だったレイは当然知らない。ルナもグレアも、それ以上詳しいところは知らないようだ。
「続きは私が話そう」
再びアークが話者になった。
「キュウコンの尻尾を触った者、それは人間だった」
アークがそう語った時、レイ達は凍りついた。何も言葉にできない。
「案の定、その人間は祟られたのだが……
その時、人間のパートナーだったサーナイトが主人をかばったのだ。
確か、人間にはセラフと呼ばれていたか」
サーナイト……そのポケモンの名に、レイは固まった。
一昨日の夜、夢でサーナイトを見ていたのだ。
「けど、なんでそのサーナイトは人間をかばったんだ?」
グレアが話に割り込む。
「サーナイトにとって、その人間は自分のパートナーだったからだ。
 人間とポケモンには、強い絆があるのだ」
人間だった時の記憶がないレイは、このことも実感できない。
他の3匹も同じだった。人間と会ったことがないという。
「しかし、その人間はサーナイトを見捨てて逃げてしまった。
 そしてキュウコンはこう予言した。
 『いずれあの人間は、ポケモンに生まれ変わる』と……」
レイは言葉を失った。自分がその人間かもしれないと、思ってしまったから。
「キュウコン伝説の話は、以上だ。しかしレイよ、案ずるな。
 その人間がお前だという証拠はない」
アークの言葉も、レイにとっては右から左へ抜けていくばかりだった。

「……もう1つ、いいか?」
アークの話は、まだ続く。
「私は恐れているのだ。崩れたバランスを早く崩さないと、世界はとんでもないことになる。
 そんな未来が毎日見えてしまい……私自身それに怯えているのだ」
世界はとんでもないことになる……一行にとっては想像したくないことだった。
「しかも、だ。世界のバランスが崩れた、その先の未来が……全く見えないのだ」
未来が見えない、という言葉が重く響いた。
「それって、一体どういうこと!?」
思わずルナが声を上げる。
「わからない……だが、悪い予感がするのは確かだ。怖いのだ……」
アークの話は、そこで終わった。

 精霊の丘からの帰り道。
ウィンズのメンバー達は、必要以上には言葉を交わそうとしなかった。
アークが語った話が……一行の心理に暗い影を落としているのだ。
しかし、レイがその沈黙を破る。
「……みんな、ちょっといいかな」
「ん?なに、レイ?」
歩くのを中断したルナが言った。
「ずっと黙ってたんだけど……僕、夢でサーナイトを見た」
「ナニ?」
これには冷静なイオンですら驚いた。
「ここに来る前の夜だったかな。夢の中にシルエットが出てきて、僕に話しかけてきた。
 だけど、そのサーナイトがセラフかどうかはわからない」
しかし、つい先ほどアークの話を聞いた一行は悪い予感を感じるしかない。
「お、おい、まさか……」
「そ、そんなことあるわけないわよ!レイがサーナイトを見捨てちゃう悪い人間だなんて!」
グレアの言葉を、すぐさまルナが遮った。
「レイは絶対違う!私と一緒に探検隊を始めて、しかもリーダーを引き受けてくれたから!
そんなレイが悪い人間だなんて絶対ないよ!信じようよ!ね、グレア!イオン!」
それぞれの顔を見て、ルナが声を上ずらせる。
「そうだな……レイ、すまなかった」
「……ありがとう、ルナ」

だが、内心ではレイが一番自分を信じられなかった。
最大限の努力で、平静を装っていた……。
それと同時に、レイは不自然なほどの寒気を感じていた。




以上、Mission05。精霊の丘の話でした。
メインとなるネイティオの部分は割と原作通りに、
逆に前半部分はオリジナル要素で組み立てました。
後のことも考えて会話の内容を考えてみる。

次回からは気合いの入れ所。
どんな話にしようか。

2008.02.26 wrote
2008.03.20 updated



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